蝸牛日記(Pseudomenos版)

嘘ばかりの日記です

小指の先の天使(神林長平/早川文庫)

★★★
文庫版にて。ハードカヴァーは装丁が良かった記憶あり。文庫版はほんわかした雰囲気。そういえば『膚の下』も相当にいい装丁で、最近の神林作品は恵まれているように思う。早川の気合いの問題なのか? 
『小指の先の天使』は短編集。仮想世界と現代からは明らかに荒廃した未来(らしい)地球の現在を行き来する。年代的には火星ものの、たとえばプリズムなどの、もっと後の時代が中心に思えるが、確証は無し。仮想世界(世界各地にアクセスポイント=神殿がある)にアクセスできる神官が、科学技術の反映していた旧時代の知識を現在に伝え、そのことで口を糊している、そういう世界。神官は仮想世界にアクセスする為に装置とコンタクトする為、小指の先にチップを植え付ける。しかし自ら神官職を退く者もおり、緩やかにドラマが続く。
冒頭の『抱いて熱く』の捌け口のない不満が溜まり溜まっている感じがいい。舞台は仮想世界が気付かれつつある荒廃した地球のどこか、異星人の攻撃か、謎の嵐の為に人が人と触れあうと発火するという異様な設定。人の絶えた都市を旅し続ける若いカップル、欲望を果たせない中での疾走と挫折、暴力的な想い。神林の初期作品の暗いドライブ感がはっきりと感じられて好ましい。意識だけで生きていける仮想世界を突きつけられた時に、触れ合う可能性の殆どない肉体を選ぶ、生への意思もいい。
打って変わって『父の樹』は奇妙な静けさがある。意外だが、神林らしいラストがいい。仮想世界、あるいは機械の身体と、不死を目指した人間たちのたどり着く所、そして死がまつ生=肉体を選んだ人間たちが手に入れるもの。短編集全編を通じて少しずつ神林の死生観が語られていく。死なない生は死と同義。また、生が変容する所でもある。
なーんて、妙にそれっぽくて嫌だな。面白かったです。この本。

小指の先の天使 (ハヤカワ文庫JA)

小指の先の天使 (ハヤカワ文庫JA)