蝸牛日記(Pseudomenos版)

嘘ばかりの日記です

天帝のめでたまう孤島(古野まほろ/講談社ノベルス)

★★★★半

【ネタバレ全開、注意!】

これは。
これは。
参りました。
どんでん返しのその向こう、人外の人非人、外道の中の外道、壊れた探偵、我らが主人公古野まほろ@作中が、ここまでの扱い様。シリーズも第三弾、学園モノ、列車モノと来て堂々の孤島の屋敷モノ。ミステリの王道にして究極、型を極めての一大ドラマ。それが、このエンディング。
正直、第一作第二作と、ラストのあまりの展開についていけない読者や、キワモノまたはトンデモの烙印を押した読者は数知れずいたに違いないが、本作は違う。まったく違う。この、あまりにも王道、極めつけの極めつけ、まさに青春ものの、まさに学園ものの暗黒の太陽、世界の拠り所全てを奪うこのエンディングは、あまりにも。
あまりにも痛々しく酔人に突き刺さって、逆撫でて、波立たせる。
心穏やかには済まさぬ、エンディングだった。およそ読者にしてみれば、このドラマが、はじめからあまりにも作為的、あまりにも明確な構図を持ちすぎていることから、一人称視点を取り巻く世界が、「そして誰もいなくなった」的な意図を持って包囲することに気づかされ、またその終幕を予感させていたはずだ。そして。そして古野まほろの忠実なシリーズ読者であれば。終幕に現れる世界の破壊者、かの暗黒世界の王女の登場を予感し又いささかの退屈を感じていたはずだ。だが此度は、此度は違った。
この裏切り。
既にして壊れた精神を持ち、既にして世界から半ば滑り落ちつつも、あまりにも感傷的な理由で、あまりにも独り善がりな絆で、あまりにも世界に依存した精神で、踏みとどまっていたというよりも引っかかっていた主人公を、切って、捨てた。袈裟懸けに。容赦なく。切り捨てた。
この裏切り。この悲劇。この、快感。
およそ私的な理由で、その嗜好で、その性癖で、壊れた世界への耐えざる誘惑に抗いがたく度々に落ちていき、己の責任から他者の命まで積極的に捨てて生き延びてきた古野まほろ@話中。而して、まさにその正逆の構図によって世界にはじき出され取り残され、お為ごかしに“正しい”立ち位置に置き去りにされたその顛末は、今後の展開において大きな転回点となることは必至である。正しさを目指すゆえに。愛するものを守る意思がゆえに。その関係を捨ててまで守ろうとされたが故に。もはや立ち位置を失ったまほろは、今後どこへ行くのか。
かの暗黒の王女の下には戻れまい。それはあまりにもプライドを逆撫でし、また、心地よいが故。裏切られた世界には留まれないであろう。それはあまりにもプライドを砕き、己の孤独を思い知らされるが故。ならば古野まほろ、孤高の探偵、ヴェリ・ベスト・オブ・ザ・フール、ディミニッシュト・ハート、彼はどこへ向うか。
月末の土曜日、台風の中の出社、同僚との酒席からの帰り道。人身事故で途中停止して動かない列車の中で、最後の最後、真相が詳らかに語られるその場面を読み終えて愕然としたところに、耳に流れ来るはムーンライダースの「鬼火」。あまりにも出来すぎた僥倖に感傷に浸ること数十分。ようやく家に帰ってきた。いやはや、とんだ展開だ。まさかこれほどに心えぐられるエンディングが待っていたとは。裏切ることがもはや常道となった主人公が、ここまでに裏切られるとは、今後の展開へ嫌がおうにも期待が高まるではないか。恐るべき古野まほろ。あまりにベタでガチかもしれないが、最強はオペラがごとく、まさにそのベタでガチの展開なのだ。強く衝撃を受けたので、躊躇せず四つ星半。残りの半分は、今後の展開のために取っておく。

天帝の愛でたまう孤島 (講談社ノベルス)

天帝の愛でたまう孤島 (講談社ノベルス)