★★★★
田中ユタカ久々の新刊。『愛人アイレン』が愛蔵版になったことには気付いていて、普通版を持っているにもかかわらず買い足すべきかどうか悩んでいたらば、なんと新刊が出ていた!
というわけでこれはもう当然購入しました。食後、風呂でのんびり半分読みましたが、期待を裏切らず幸せな出来です。地味だが心に残る漫画を描く漫画家小西川もと子と、彼女のファンにして担当(漫画編集者として初の担当)の山崎慎太郎の静かな恋を描く本作。相変わらずの田中節、全編愛に満ちています。
ここのところアフタヌーンで連載していた『ミミア姫』が、優しさの裏に『愛人』ばりの影と世界との静かな戦いを描いていたのに対して、こちらの世界は至って平和。淡々と漫画家と担当編集の当たり前の日常が描かれているのですが、そこは田中ユタカ。作品の核がこれはもう愛ですから、たとえば茶碗一杯のご飯とか、ビールのひと缶とか、そんなものにも幸せがみなぎっていて、読んでいてふくふくします。
エロの巧い作家は山ほどいるし、萌え〜な作家も山ほどいますが、読んでいて素直に「愛」を感じさせる、そんな作家は本当に希有です。絵がかわいいとか、物語が萌えるとかでなくて(いえ、もと子先生はもだえてしまうほどかわいいんだけど)、とにかく愛。歌手で言えば矢野顕子。こう、存在の向こうには大きな愛がある。作品の向こうに大きな愛があって、優しくて、切なくて、大きすぎて溢れちゃう愛が、コマの間からこちらに照射されている。すべてのカット、たとえば丁寧に貼られたぼかしのトーンのその向こうからも、愛が滲んじゃう。そんな幸せな作品ですよ。
それでも、恐ろしいのがベタの使い方の巧さ。何気ない部屋のひとコマ、ちゃぶ台の影が、そこだけ真闇に塗られていて、恋人のいない夜の闇の深さをさりげなく描きだしている。もと子先生の豊かな黒髪の、そのハイライトの無い墨闇の中にはかなく開く先生の笑顔が、限りある時の残酷さを感じさせる。やっぱり性愛ものに死の影は付き物なんだろうなぁ。たとえ直接にそこに言及しなくても、二人の時間の向こうには残酷に闇が開いていて、いつか皆が去っていくその場所を示唆しているように見えてしまうのです。って、深読みのし過ぎだろうか。
とにかく、その辺のラブコメに飽きていたり、人生に疲れちゃったりしていたら、ぜひ本書を買って読むべきです。ひととき、胸が暖かくなります。超王道のラブストーリィ、お勧めです。
※★が四つなのは、田中ユタカ作品では『愛人』が一番好きだから。あえて一つ減らしています。内容的には五つ星。
- 作者: 田中ユタカ
- 出版社/メーカー: 白泉社
- 発売日: 2009/01/29
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愛人-AI・REN- 下 特別愛蔵版 (ジェッツコミックス)
- 作者: 田中ユタカ
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ミミア姫(1) 「雲の都」のミミア姫〜光の羽根のない子ども〜 (アフタヌーンKC)
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