蝸牛日記(Pseudomenos版)

嘘ばかりの日記です

天帝のはしたなき果実(古野まほろ/講談社ノベルス)

★★★★
主人公まほろが気になって仕方ない。シンパシィか、敵対心か。他者とひとつになる欲求と、ひとつになることを拒む欲求。自分であることを希求することと、自分を捨てられない弱さ。自己は相反する感情が渦巻く嵐だ。
昨夜、風呂で読み進めるうちに、話が佳境に入ってしまい、ここで中断も、中途に読み進めることもできないと判断、一気に最後まで読んだ。残りの200ページに結局3時間強かかってしまった。ペダンティックな物言いに綾どられた正統派青春ミステリだった七割が、ガラガラと瓦解する後半3割。おお、一気にSFに! まさにメフィスト賞受賞作! とか思いつつ読了。朝4時。うーん、笹塚読書日記かい。おまけにこちらには7時には起きねばならぬという使命が。面白い小説はやめられない。まぁ幸せなことで。
帝国主義のまま戦後を迎えた日本、華族やら貴族が庶民とともに学ぶ高等学校、吹奏楽に汗を流す主人公一同は、とある暗号をめぐって流血の惨事へ巻き込まれていく。次々と他界する学友、迫りくるアンサンブルコンサート。友が死んでも非情にも続く日常、恋愛、そして不安。友の死に復讐を誓いながらも、日常は全てを飲み込んで流れていく。満たされぬ恋、しかし希求する心。やがて訪れるアンコンの舞台、そして起こる第三の悲劇。そして訪れる伝奇的SF的な真実!
冗長な語りといささか厚みの無い登場人物の行動、感情。この厚みの無さはキャラのコアとなる部分の語りが少ないからかもしれない。主人公のラストの流されっぷりは、前半を読んでいけば納得はするが、やはりいささか説明不足な感はある。ペダンティックな装飾とラノベ級のボケと突っ込み。唐突なラストの展開と、クレッシェンドする終劇のいささか物足りぬ余韻。まぁネットの批評を見るように、突込みどころは多数あるが、デビュー作にしてこのボリュームと展開、そして整合性の高さ、魅力的な世界。よそでの批判はずいぶん見たが、しかし面白いぞこの小説。惜しむらくはラストの説明の長さ。種明かしはもっと簡潔でもいいと思う。そして種明かし後の余韻がもう少し長ければ、800ページに及ぶ物語もソフトランディングするというものでは。いずれにせよ次回作が楽しみでならない。しばらくはぱらぱら読み返す日が続きそう。

天帝のはしたなき果実 (講談社ノベルス)

天帝のはしたなき果実 (講談社ノベルス)