喫茶店がない
起床7時過ぎ。シャワーを浴びて、身支度。湯がふんだんに使えるのはいい。荷物を整理して、フロントに預けて(ブースが移動になるらしい)、8時頃街へ。
目に入った喫茶店でモーニングを、と思うが喫茶店がない。チェーンは嫌だなと思っていたので、地元の喫茶店を探すが、目に入らない。場所がいかんのか、人が集まるところへ行こうと大街道までぶらぶら歩いたが、チェーンか、横文字の大きなカフェしかない。
僕が入りたいのは、喫茶店なのだが。観光地でなくて、愛媛大学のある方へ行ってみればよかったか。
明日は早朝にたつので、モーニングのチャンスはない。松山の謎そのいちは喫茶店である。
仕方なくサンマルクに入る。コーヒーと、卵のホットサンド。
さてこの後は松山城の足元を抜けて愛媛県美術館へ。
文学の街
松山は文学の街という触れ込みだが、要は漱石と子規。強い。漱石は札にもなった。街を歩くと至る所で漱石と子規に出会う。真賀田四季はいない、基本は子規だ。句碑がいたるところにある。漱石もまた、漱石〇〇の地、といった碑で紹介されている。ついでにサイネージにもなっている。
愛媛県美術館
大街道まで行ってしまったため、宿方向へ少し戻るような感じで、東側の愛媛県庁の脇から城山公園へ入る。広々と芝生が広がっていて気持ちがいい。正面南側に美術館が見える。1階の正面口を入ってすぐのカウンターで尋ねると、2階に登ったところに展示会の受付があると。ゆったりした階段で2階へ。
受付の正面と左脇に物販コーナーが設けられていて、正面側にズラッと漱石の関係書籍が並ぶ。岩波書店、展示に協力しているだけあって強い。その朝、二文字の文学作品は強い作品が多いという話をSNSでしており、「明暗」の話も出ていたので、帰りに買っていこうかと思ったのだが、どうせ帰り道に読むところまでたどり着くまいとスルー(大誤算で、持参した書籍を読み尽くして翌日呆然とすることになる)。
受付で、宿でもらった割引券を出して料金を支払い、中へ。
まずは梅佳代による「坊っちゃんたち」。暖簾風に大伸ばしした写真が中央に、ぐるりも大きな作品が並ぶ。「住田の温泉」こと道後温泉を舞台に、地元の少年たちを坊っちゃん(たち)に見立てた作品群は、梅佳代らしい抜群な表情の捕まえ方をしていて、涙が出るほど素晴らしい。機材がどうのと私費を突っ込む人生を送ってきているが、写真の本質はそこじゃないよなと殴られたような気分。
続けて浅田政志の「坊っちゃんアイ2018」。「坊っちゃん」ゆかりの土地や建物などを撮り下ろしているが、例えばターナー島には倶利伽羅紋紋なマドンナ♂が座していて、少しずつズラしてきて笑いを取る。道後温泉全景を収めた青い写真が良い。
坊っちゃん文字組112年
しかし本展示の肝は、ブックデザイナー祖父江慎による「坊っちゃん文字組112年」に尽きる。氏の膨大な「坊っちゃん」本のコレクションを傍らに、「トラブルの多い第七章」を中心にして、112年間の「坊っちゃん」本の変遷をひたすらに見せる。
文字組といっても、版面設計(どの書体で、どの大きさで、どんな字詰行間行数で、それを頁のどの位置に配置するか)だけでなく、誤字脱字読み違い、ルビの再現方法、ルビを付けるルール(戦後GHQの指導のもとルビを極力付けないという時期があったりした)、などなど、オリジナルの原稿が以下に再現されないかをあからさまに示す。
112年間の間の技術変化は激しく、組版で言えば、活字、写真植字(写植)、CTS(DTP以前のコンピュータ組版)、DTPと変化し、書体も次々に時代と技術に応じた書体が現れ、また、トレンドが生まれる様を見ることができる。
印刷も同様、活版印刷からオフセット印刷、そして無版印刷(インクジェットやトナー式のデジタル印刷)、更には電子書籍や特殊印刷(風呂で読める本など)へ。
製本・装丁の変化は祖父江慎コレクションで追うことができる。例えば同時期に同じ版元から様々なサイズ、製本、装丁で刊行された例などが見られるが、初期の素朴な装丁から、商品パッケージとして煮詰まっていくさまを追うのも楽しい。
さらにはそうしたメディアの極北として、展示終盤に見られる、一枚の紙に「坊っちゃん」全文を印刷したペーパーや、その対極にある、史上最大サイズの「部屋本」*1まで、もはや本とは呼び難い、メディアに収められた「坊っちゃん」がたどり着いてしまった果ても見ることができる。
この企画だけで、費やした時間、2時間以上。
活版時代、まだスキャナや写真製版が生まれる前であるにもかかわらず、なぜか同じ版面で柱とノンブルだけが違う兄弟本*2、同じく活版時代の文庫で、ある版だけ右頁の活字が異なっているもの(紙型に事故でもあったか)など、印刷屋として冷や汗が出るようなサンプルもあった。
「坊っちゃん」の組版112年といいつつ、ここで展示されているのは日本の近代出版文化の変遷そのものなのだ。
技術だけでなく、文化、言葉、商業の変化、すべてが含まれており、長い長い展示をじっくり見ているうちにめまいがしてくる。完全に祖父江慎にあてられる。よく文学館系の展示であるような、ガワの展示ではないのだ。日本の近代から現代への流れが詰まっているのだ…。
ということで、力尽きた。
祖父江慎の展示の後の、三沢厚彦の展示は、ほぼ素通りしてしまった。前段のインパクトが強すぎる。かろうじて、漱石が松山にいた当時の新聞などは見てきたが、それももう疲れてしまって、うつろだった。図録が欲しい、そう思ったが、なんと作られていなかった。祖父江さんのこの展示、この研究は、絶対本にするべきだと思うのですが、いかがですか、岩波書店様。
写真及び、昼食以降については、追ってアップの予定。