蝸牛日記(Pseudomenos版)

嘘ばかりの日記です

さよなら妖精(米澤穂信/創元推理文庫)

★★★半
上にも記したが、良い本だったと思う。マーヤというユーゴスラヴィア人の存在が何よりも大きい。後半かなりヘヴィだが、それだけにまたマーヤの存在が引き立つ。謎にこだわるヒロイン、それを解く役割の、役割へは消極的な主人公、という図式はいつも通りだが今回は大刀洗というもう一人の探偵役がおり面白い。彼女はかなりドライだが、最後に見せるウェットな面はちょっとずるくないかと思う。グっときた。
主人公守屋の苦悩はよく分かるがそれでも、どこかに行きたい、どこかで本当の自分になることができる、という想いはロマンチックなだけでどこにも行けない。マーヤが使命を持ちつつ充実して生きていたのと同じだけの濃さは「どこか」を夢見ている間は手に入らない。「どこか」から「ここ」への視点の転換がないと、苦しいだろう。自分の立つ「ここ」が「ここではない」場所である限り、守屋はどこに行っても何かを手に入れることが出来ない。何かになることが出来ない。ラストで守屋と大刀洗が山頂の墓場から自分たちの街を見下ろすくだりは、守屋の街との距離を考えさせるし、同時に街の再確認にも感じられる。「ここ」に生まれ「ここ」に死んだ人たちに囲まれて見下ろす街。守屋にとって自分が充実できない場所。しかしその場所はマーヤの視点から見れば、哲学的な意味に満ちた、充実した一つの世界だった。マーヤへの路は果てしなく遠くなってしまったが、路はまた眼下の街から始まる。
と、とりあえず書いてみた。

しかし、こういう作品読めるから幸せだな。

さよなら妖精 (創元推理文庫)

さよなら妖精 (創元推理文庫)