蝸牛日記(Pseudomenos版)

嘘ばかりの日記です

空の境界(上・下)(奈須きのこ/講談社ノベルス)、生きる歓び(保坂和志/新潮社)

空の境界:☆☆☆☆
生きる歓び:☆☆☆
つくづく自分はものを述べること、説明することが下手だと思う。面白く思ったことを説明できないのは、語彙の問題なのか、実は面白くなんて思っていなかったからなのか。さて、「空(から)の境界」の何が面白かったのか? ☆四つもつけてしまったからには、それなりの理由があるはずだ。うーん、何が面白かったのだろう。
「生きる歓び」のあとがきで、

戦争だけでなく、この現代の社会のことも、俯瞰するような視点からしゃべりはじめることで堕落がはじまる。そういう俯瞰する視点は、戦争を決定したり社会のシステムを決定したりする人たちだけに任せておけばいい。

という一文があって、妙に感動した。自分は言葉が足りず、目の前のことを述べられずに仕方なく遠くから偉そうにしゃべってみたりする。その都度、思い出したい言葉だ。
二つの全く異なる小説のことを、こうしてごっちゃに引用しながら進むのはなんだか間抜けだが、とりあえず今はそう思ったので保坂を引用した。
それで「空の境界」なのだが、何が面白かったのか。ちょっとリストにしてみよう。

  • 伝奇物にしては、想念が暗くない
  • 主人公の一人、黒桐幹也が徹底して人を傷つけることをさける
  • 魔術師蒼崎橙子の切れっぷり
  • べたつかない人間関係、でもそれは、深入りしない薄い人間関係でもあるかも?
  • 善悪で物語らない
  • 社会からつかず離れずの微妙な位置で進行する日常
  • 萌えるキャラクタ満載
  • 人形
  • ひたむきな愛、しかも裏切らない。この辺は青春小説の王道か! もっとも、愛と言えるとすればだが...
  • 日常を指向すること
  • 非日常が日常を侵犯していること
  • 物語が破綻せず、さっさと結末を迎えること
  • 解説は笠井潔だ!

といったところか。どれかに何となく引っかかったら、読んでみてください>「空の境界」。
保坂の小説はいつもながらで、どこまでも切れない文体が最高にすてき。最初に彼の文章を読んだ時はとても驚いた。ショックだったといってもいいかもしれない。文章はなるべく短く書くもの、だらだら長く続かせずに、短かいパラグラフで明快に、と自分では心がけて来ていたので、まるで正反対な彼の文体がうらやましかった。そうか、これでもいいんだ、というような。もちろん彼は確信を持って彼の切れない文体を貫いている、というか続けているのだろうし、それは考えたことを考えた形で文章に起こしていく、その考えの過程が文章だから、切ってしまうわけにはいかないのだろう、ということは読んでいてひしひしと分かる。分かるならば、それはそれがいいのだ。で、「生きる歓び」では必死の介護で生き延びる子猫の暴れっぷりがもう目に浮かぶようで実にかわいい。また保坂の子猫への入れ込みようがもう無私というか、すべてそこに注ぎ込んでいくようでこれも実にいいのだ。だいたい僕ならば生活のあれこれに引っ張られて、猫が病気でも猫のこと、自分のこと、会社のこと、仕事あれこれと分散した処理をしてあれこれ集中できなくなってばたばたするのだろうけれど、保坂は猫一直線に打ち込んでいって、その思い切りと割り切り方がやはりうらやましいのだ。一緒に収録されている追悼小説「小実昌さんのこと」では、その田中小実昌氏が主人公に自宅までの道筋を案内するところが実に圧巻で、こんなに細かく念入りにまるで目の前に実際の町の縮図を広げるように説明をできる人ってすごいけれど、同時にやはりどこか困ったところのある人なんだろうと思った。後半、小実昌氏の牧師だった父親の話になっていくのだが、この父親という人の言葉が、また実に仏教めいて、それでいて核心を感じたままにほかの説明のしようもなく、つまり分かる人には分かる説明で語るのだが、その「これはこうであるからこうでしか語れない」といった、空は空だから空なのだ、みたいな説明であって説明でないような、自由律句みたいな、言葉にうなづいてしまう。言葉は尽くせば尽くすほど離れていくものだといつも感じていて、だから、本を読んでの紹介も、つまるところ、「面白かった!」というその意気込みにすべてをかけるしかないのかと、思ったりもするが、実際は面白いことをちゃんと再生産して伝えることのできる人が沢山いるのだ。そうでなければ書評など成り立たない。というわけで、今回の結論は僕には書評は無理だと言うことだ。本は3冊ともすべて面白いので、読んで損はないぞ。



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